今回は、愛知東邦大学 経営学部 ビジネス学科にご在籍で、家計、消費、貯蓄、マイクロデータなどを研究されている岩本 光一郎准教授に、マネーキャリア編集部が独自インタビューを行いました。
この記事の目次
- 岩本准教授のプロフィール
- なぜお金が貯まる人と貯まらない人がいるのか
- 資産形成は収入より「家計管理」と「意思決定」で決まる?
- 貯蓄できる人に共通する性格・価値観とは
- 高所得者は本当にお金を貯めている?投資との関係
- 高所得者は預貯金と投資資産をどのように保有しているのか
- 所得が高い人ほど投資をする理由とは
- 消費行動の違いは将来の資産形成にどこまで影響するのか
- 毎日の消費習慣は10年後・20年後の資産額を左右する
- 衝動買いや見栄消費が起こる心理的メカニズム
- 親からの相続は老後資金や資産格差にどれだけ影響するのか
- 老後資金における相続資産の重要性
- 相続格差は将来の資産格差・老後格差を広げるのか
- 物価高が続くと家計や資産形成はどう変わるのか
- 物価高で家計が最初に見直す支出とは
- 長引く物価高は将来設計や資産形成にどんな影響を与えるのか
岩本准教授のプロフィール
<経歴>
2016年4月 - 現在 愛知東邦大学経営学部ビジネス学科 准教授
2008年1月 - 現在 内閣府経済社会総合研究所 客員研究員
2012年4月 - 2015年3月 愛知学泉大学現代マネジメント学部 准教授
2005年4月 - 2007年12月内閣府経済社会総合研究所 部外研究協力者
2003年4月 - 2005年3月 早稲田大学現代政治経済研究所 助手
1998年10月 - 2001年3月 財団法人郵便貯金振興会附属貯蓄経済研究センター 非常勤研究員
1998年5月 - 1999年3月 財団法人統計情報研究開発センター 非常勤研究員
1991年4月 - 1994年8月 株式会社 さくら銀行
<学歴>
1999年4月 - 2009年9月 早稲田大学, 大学院経済学研究科博士後期課程 修了
1996年4月 - 1998年3月 早稲田大学, 大学院経済学研究科修士課程 修了
1986年4月 - 1991年3月 大阪大学, 経済学部経済学科 卒業
<論文>
Habit Formation in Household Consumption: Evidence from Japanese Panel Data 2013年02月
The Run on Daily Foods and Goods After the 2011 Tohoku Earthquake 2014年04月, with M.Hori
Do the Rich Save More in Japan? Evidence Based on Two Micro Datasets for the 2000s 2016年12月, with M.Hori, T.Niizeki, and F.Suga
Assessing the Consumption Tax Burden on Japanese Households: Is It Truly Regressive? 2026年3月, with M.Hori
<著書>
『少子高齢化社会における世代間移転と家族』第3章 相続経験は遺産動機の発生確率を高めるか? 日本評論社 2020年3月
なぜお金が貯まる人と貯まらない人がいるのか
資産形成は収入より「家計管理」と「意思決定」で決まる?
Q1.収入水準よりも家計管理や意思決定の違いが資産形成に与える影響は大きいのでしょうか?
必ずしもそうとは言えないというのが私の考えとなります。
なぜなら家計方針や消費(裏を返せば貯蓄)の意思決定に収入水準、特に恒常所得の水準が影響しないとは経済学の観点から見ても思えないからです。
そのため、両者ともに資産形成に与える影響がある、と考えるべきなのではないかと思います。
貯蓄できる人に共通する性格・価値観とは
Q2.近年の研究では、貯蓄行動に性格や価値観はどの程度影響すると考えられているのでしょうか?
直近ではないものの2000年以降の研究を見ますと、日本の家計の貯蓄行動に予備的貯蓄動機(将来の「不確実性」に備えてお金を蓄えておこうとする心理や行動)がプラスの影響を与えているという実証研究が複数存在(貯蓄額の5~20%程度を占める)しています。
そのため、将来の不確実性、リスクをどう評価する性格・価値観なのかが貯蓄行動に影響するものと考えられます。
なおゆうちょ財団のアンケート調査などによれば、近年の日本では予備的貯蓄の割合が増える傾向にあり、将来を不安視する家計が増えているものと思われます。
また、老後目的の貯蓄割合も増える傾向にありますが、これは「老後」はいつまで続くかが不確実でリスク的側面もあるため、老後資金を増やさなければと将来を不安視する家計が増えていることを反映していると考えています。
総じて言えば「将来の為に今の消費を我慢できる性格・価値観かどうか」で貯蓄行動は変化すると思いますし、他にも
- 最適な貯蓄計画を立てる能力の有無
- 立てた計画を守る仕組みを構築する能力の有無
- 立てた計画や計画を守る仕組みを維持する自制心の有無
等が影響すると考えられます。いわゆる個人が持つ金融リテラシーに関わる部分ではありますが、我が国に関して言えば2023〜2024年あたりから政府が本格的に力を入れ始めているので、その成果はこれから出てくるのではないでしょうか。
高所得者は本当にお金を貯めている?投資との関係
高所得者は預貯金と投資資産をどのように保有しているのか
Q3.高所得者の資産は預貯金と投資資産のどちらに偏る傾向がありますか
金融広報中央委員会の直近の調査結果によれば、そもそも保有したい資産として豊かな家計、例えば資産を3000万以上持つような家計グループでは安全資産の代表である預貯金と危険資産の代表である株式が同程度(5割弱)選ばれているのに対して、保有資産100万以下では預貯金が6割程度、株式は1.5割程度となっています(なお金融資産非保有の場合、株式を保有したい家計はほぼゼロ)。
つまり豊かな家計はバランス良く貯蓄・投資する傾向があり、背後には資産ポートフォリオ(保有している、またはこれから保有する具体的な資産の組み合わせやその配分比率のこと)の最適化、という発想があるのではないかと考えています。
所得が高い人ほど投資をする理由とは
Q4.所得が高い人ほどリスク資産への投資比率が高くなるのはなぜでしょうか?
Q3の回答からも分かるように、「豊かな家計のリスク資産投資比率が高い」というより、「豊かでない家計のリスク資産投資比率が低い」というのが実情であると言えます。
この差は、両者における投資に関する知識・ノウハウの差、つまり金融リテラシーの差が大きく影響するものと考えています。
豊かではない家計の方が相対的に金融リテラシーが低く、危険資産は敷居が高い・目に入らない、という傾向があるのではないかと思います。
また資産というストックを積み上げるためには、フローである所得がある程度以上なければどうしようもありませんが、低所得層では仮に危険資産の知識があっても投資を実行し辛いという面もあるのかもしれません(低所得層は資産に流動性を求めざるを得ないことも影響していると思われます)。
消費行動の違いは将来の資産形成にどこまで影響するのか
毎日の消費習慣は10年後・20年後の資産額を左右する
Q5.日々の消費行動の違いは、10年後・20年後の資産額にどれほど影響するのでしょうか?
単純で小さな消費習慣の差だけでも、10年20年経てば大きな差を生むのは事実です。
例えば、1日500円(年18万円程度)を貯蓄せず消費にまわした場合、年利3%複利で考えると20年後には500万近く資産額が少なくなります。一般的な家計の金融資産の平均額を考慮すると、この500万円という金額は無視できません。
ただ、長期的な資産形成の観点から言えばもっとも重要なのは「できるだけ大きな金額をできるだけ早期から運用する」ことなので、各ライフステージにおける大きな支出(自動車・住宅・教育・保険など)をどう選択するかが最終的な資産形成額により強く影響すると考えられます。
まとめると「節約上手より大きな支出を合理的に選択できる人が資産家になりやすい」と言えると思います(ただし節約上手な人は支出を合理的に判断できる人でもある可能性は高いと思われるので「節約上手な資産家」も普通にあり得ると思います)。
衝動買いや見栄消費が起こる心理的メカニズム
Q6.衝動買いや見栄消費など、人が非合理的な消費をしてしまう背景にはどのような心理があるのでしょうか?
こういった非合理的な消費といった場合は、行動経済学で言う現在バイアス(将来の満足より今この場の満足を過大評価する)の影響が大きいと思われます。
このバイアス故に、合理的消費計画を守って「満足感の高い今の消費を抑える」という自制心が効かなくなり、衝動買いが発生します(心理的不安やセールなどもこの抑制を抑え込む傾向がある事がいくつかの研究で報告されています)。
また、「損失を回避したい(=機会を逃したくない)」という心理も非合理な消費を後押しすると思います。
さらに見栄消費のような非合理消費については、自分がどう見られるかという事を重要視し、財自体の価値より社会や周囲へのシグナル効果(自分の価値を周囲に示す効果)を意識した消費と言える(ブランド志向などはその典型)と思います。
総じて言えば、非合理的消費は、消費の意思決定が感情・社会比較・損失回避・現在志向に強く影響されるために起きると言えるでしょう(つまり、欲しいから買うのではなく、不安を減らしたい、損を避けたい、よく見られたい、今すぐ気分を変えたいから買う、ということです。)。
親からの相続は老後資金や資産格差にどれだけ影響するのか
老後資金における相続資産の重要性
Q7.老後資金準備において、相続資産はどの程度重要な役割を果たしているのでしょうか?
相続税申告者についてのある調査によれば、ここ数年、日本の相続においては相続人の平均年齢が約69歳となっていることがわかっています(被相続人は85歳)。
つまり、近年の日本では、資産を相続しても住宅購入費や子育て費用に充てるには既にタイミングが遅く、老後資産の補完にまわされることになっているケースが多々あると想像できます。
よって現代の老後資産は自助努力の結果(公的年金・退職金・貯蓄など)だけでなく、相続資産との合算で考えるべきであると思います。
また、総務省の調査によれば60歳代の二人以上家計の保有金融資産額の平均が約2,600万、そして別の機関による相続額(2020年の50,60代)の平均が約3,300万(中央値1,600万)であることを考えれば、相続の有無が老後資産に、そして老後の経済的余裕に相当大きな差を生むといってよいと思います。
相続格差は将来の資産格差・老後格差を広げるのか
Q8.相続格差が広がることで、今後の資産格差や老後格差にどのような影響が生じると考えられますか?
日本では少子高齢化の進展から高齢者に金融資産が集中しているのが現実(2040年には1,000兆円をはるかに超える額、個人金融資産のほぼ半分が70歳以上の高齢者に集中するという試算あり)です。
この巨額な資産がいずれは遺産として子世代に移転することを考えると、相続が子世代の資産形成へ与える影響は相当に強いとみるべきです。
また、同世代間の資産格差は高齢層の方が大きいことが知られていますが、こうなると高額の相続を受けられる家計と相続額がほぼゼロの家計が出るのは必定であり、このことが資産格差の再生産に正の影響を与えているとする検証結果も存在します。
実際に、保有資産が大きい層ほど自力で構築した資産に加えて相続資産も得ているケースが多いです。
Q7でも言及しましたが、この相続の有無で老後の経済的余裕、特に老後に必要となる介護費用や医療費、住宅修繕費などの対応に相当大きな差を生むものと考えられます。
物価高が続くと家計や資産形成はどう変わるのか
物価高で家計が最初に見直す支出とは
Q9.物価高の局面では、消費者はどのような支出から優先的に見直す傾向がありますか?
傾向としては不要な消費から削るというのが一般的ですが、余裕のない家計では娯楽費、次いで耐久財支出を削る傾向があります。
一方、余裕のある家計では資産投資を含む貯蓄が一般的な傾向です。
近年の日本の物価高(2022年以降)について総務省の調査をベースにして言えば、家計は生活に必須ではない外食・旅行・娯楽・衣料品・耐久財等の支出をまず見直す傾向にあります。
また、皆さんご存じのように、食料品や日用品の値上げが相次いでいますが、それを受けて名目支出増(実質は減)となっています。
そして、内閣府の調査によれば、これらの品目については安価な同等品への切り替え・購入頻度の低下・まとめ買い・特売利用が起きているようです。
長引く物価高は将来設計や資産形成にどんな影響を与えるのか
Q10.物価高が長期化した場合、家計の資産形成や将来設計にはどのような変化が起きるのでしょうか?
日本でも何度かインフレが起きた際にいろいろ観察はされているわけですけれども、過去の事例を総合するとまず最初に、現在の日本で見られるように消費抑制が起き、所得の補てんが物価上昇に追い付かなければ貯蓄の取り崩しが発生していくでしょう。
さらにインフレが長期化するようならば、資産形成(特に老後資産の形成)に影響があると思います。
つまり、インフレが続くと現預金は目減りするため、必要資産額の見直し(=資産形成計画の見直し)が必須となります。日銀等の調査によればデフレが続いていた近年の日本の家計はリスク回避傾向が強く、保有資産中の現預金比率が高かったということがわかっています。
しかし同時に、老後不安が強いことも示されており、30歳以下の若年層を中心にNISA・投資信託積立・株式投資に関心が集まり、利用が拡大する傾向があります。
なお長期インフレの下では、こういった対応をする家計としない家計間では老後資金に大きな差が生まれるため、上述の相続の有無と並んで日本の資産格差を拡大する要因となりかねないと言えるでしょう。
