今回は、嘉悦大学 経営経済学部にご在籍で、社会保障論や経済政策などを研究されている和泉 徹彦教授に、マネーキャリア編集部が独自インタビューを行いました。
この記事の目次
- 和泉教授のプロフィール
- 単身世帯の増加は社会保障にどのような前提変化をもたらしたか
- 単身世帯の生命保険加入動機とリスク選好をなぜ研究されたのか
- 単身世帯の増加は社会保障にどのような前提変化をもたらしたか
- 社会保障は世帯単位から個人単位へ移行すべきか
- 単身世帯の増加は年金の給付と負担にどのような影響を与えるか
- 単身高齢者の増加で医療・介護現場にどのような課題が生まれているか
- 単身世帯の増加は非正規雇用や所得格差とどう結びつくのか
- 単身世帯の生活で見落とされがちなリスクとは何か
- 民間の生命保険・医療保険は単身者のリスクにどこまで有効か
- 単身者の保険加入行動にはどのような特徴があるのか
- 単身世帯が主流となる社会で社会保障はどうあるべきか
和泉教授のプロフィール
<経歴>
2020年12月 - 2025年3月嘉悦大学, 付属地域産業文化研究所, 所長
2008年4月 嘉悦大学,経営経済学部,専任講師,准教授を経て2017年4月より教授
2004年4月 - 2008年3月田園調布学園大学,人間福祉学部,講師
<学歴>
2004年3月慶應義塾大学,大学院 政策・メディア研究科, 博士課程単位取得退学
1997年3月立命館大学, 経済学部, 卒業
<論文>
生命保険におけるネット契約の普及・疎外要因 和泉 徹彦・須田茂夫
生命保険論集(232) 195-209 2025年9月
移民受け入れに伴う社会保障制度改革の課題 和泉 徹彦
租税研究 (896) 39-49 2023年6月
コロナ禍における超過死亡・超過生存が財政に与える影響 和泉 徹彦
租税研究 (875) 101-111 2022年9月
全国消費実態調査に基づく高齢者世帯消費支出の分析 和泉 徹彦
嘉悦大学研究論集 59(2) 55-67 2017年3月
調査研究報告書「厚生労働省平成28年度子ども・子育て支援推進調査研究事業「保育に係る地方単独事業の実施状況及び各種申請様式(利用者→市町村、事業者→市町村)に関する調査」報告書」 和泉徹彦, 吉田浩, 大森隆, 渡邊壽大, 白石憲一, 荒牧美佐子, 市川裕之
一般財団法人統計研究会 2017年3月
他多数
<書籍等出版物>
コミュニティの再生
丸尾直美, 宮垣元, 矢口和宏 (担当:分担執筆, 範囲:健康・長寿とコミュニティ)
中央経済社 2016年3月
引用:researchmap
単身世帯の増加は社会保障にどのような前提変化をもたらしたか

単身世帯の生命保険加入動機とリスク選好をなぜ研究されたのか
「単身世帯の生命保険加入動機とリスク選好」のご研究では、どのような問題意識から分析を行われたのでしょうか?
出発点は、日本の世帯構造の変化です。家族を単位に考えるというのがこれまでの基本でしたし、実際、生命保険の理論もまだ「家族単位が前提」で設計されています。
ただ、単身世帯が急増している状況を考えると、家族モデルのまま考え続けていると、単身世帯の人たちをどう扱えば良いのか、という違和感がありました。
生命保険(特に死亡保険)は、配偶者や子どもがいて加入するのが前提です。けれども、いまや日本の3分の1が単身世帯です。誰かを保障しなければならないニーズがない人がなぜ加入するのか。そこをどう整理するか、進め方が難しいのではないかと考えました。
そこで、単身世帯の人がなぜ生命保険に入ろうとするのかという第一段階と、加入後にどの程度の保障水準を求め、どのくらい保険料を支払う意思があるのかという第二段階に分けて研究したのが、我々の研究です。
単身世帯の増加は社会保障にどのような前提変化をもたらしたか
日本における単身世帯の増加は、ここ数十年でどのような変化を見せており、社会保障にどのような前提の変化をもたらしていますか?
どのくらいのスパンで見るかにもよりますが、25〜26年前、20世紀末の日本では、単身世帯はだいたい4人に1人でした。
ところが2020年の数字では38%ほど、3分の1を超えてきています。2050年には44%ぐらいまでいくのでは、という推計もあります。
つまり、2人に1人に近い水準まで単身世帯が増える、という見通しなのです。これに対して、さまざまな制度や仕組みも変わらざるを得ない、というのが現状認識です。
社会保障は世帯単位から個人単位へ移行すべきか
単身世帯の増加を踏まえると、今後の社会保障は「世帯単位」から「個人単位」へと設計を変えていく必要があるのでしょうか?
私は、すぐに「世帯単位や家族モデルを捨てるべき」と言うつもりはありません。やはり家族は家族で、家庭内の所得再分配や育児・介護の役割もあります。単純に個人化してしまうと、低所得で扶養されている人にとっては不利になりかねません。
単身者世帯を単位に個人化していくには、一人ひとりが稼げて、経済的に自立していることが前提になります。現状、第3号被保険者の年金問題もありますし、扶養されている人も少なからずいて、切り捨てるわけにはいかない部分もあります。
ですから、家族モデルに固執するのではなく、オプションとして単身者を標準の一類型として扱う設計が、今後は必要だと考えています。
単身世帯の増加は年金の給付と負担にどのような影響を与えるか
単身世帯の増加は、年金制度における給付や負担のあり方にどのような影響を与えると考えられますか?
社会保障全体のなかで、大きな影響が出る点は複数あります。まずは先ほど触れた第3号被保険者という制度です。
これは第2号被保険者であるサラリーマンに扶養されている配偶者を指します。男性をパートナーとして考慮しても、ほぼ女性のための制度であることは間違いありません。
1986年に施行されてから40年ほど経ち、対象者は以前よりさらに減ってきています。さらに、サラリーマンの妻である第3号被保険者が年金を受給するとき、その財源は共働き世帯や生涯未婚の単身者も負担している、という状態になっています。これが今後も認められるのか、難しい問題です。
もう一つは遺族年金です。配偶者がいない独身者や単身者にとっては、まったく意味がありません。それでも自分自身で保険料は納めなければならない。これが、特に単身の女性において、貧困や格差につながってしまうという問題があります。
国民年金しか加入していなかった、現在80代・90代の方はともかく、いまは厚生年金に加入したまま高齢期を迎え、年金を受給し始める人が増えています。そのため、公的扶助、つまり生活保護の対象になるような高齢者は次第に減ってきています。
生活に十分な厚生年金を受給し始める人が増えているので、生活困窮に陥る一人暮らしのお年寄りは多少減ってきています。とはいえ個人化が進むと、それまでにどれだけ老後の貯蓄をしたかが問われることになる。そこに政策としてどう関わるのか、単身者であっても安定した生活の見通しを示せるか、というのが今後の課題かなと思っています。
単身高齢者の増加で医療・介護現場にどのような課題が生まれているか
単身高齢者が増える中で、医療や介護の現場ではどのような新しいリスクや課題が生まれていますか?
ここは、もともと私が関心を持っていた部分です。現実に起きている問題で言うと、施設や病院では「身元保証人」が求められます。
意識がないときに患者への対応を家族に任せたい、というだけでなく、家族に身元を保証してほしい、保証人がいないと入院もできない、というようなケースになりかねません。
こうなると、「身寄りがない人はどうすべきか」という話になってきます。単身であろうとなかろうと、今後の心配を払拭できるような仕組みを作る必要があると思います。
例えば親が高齢になってきたら、必要に応じて子どもや家族が介入する、ということがこれまで行われてきました。しかし本人自身が高齢になって、しかも頼れる人が周りにいない、となるとどうすべきか、という問題に直面します。
成年後見制度などを使えるかという課題もありますし、孤独死してしまった後の「その人が亡くなった後の後始末」という問題も出てきます。これを社会的コストとして引き受けるのか、ある程度本人が主体で解消できる方向にするのか、今後も考えていかなければならない問題だと思っています。
単身世帯の増加は非正規雇用や所得格差とどう結びつくのか
単身世帯の増加は、非正規雇用や所得格差といった問題とどのように結びついているのでしょうか?
安定した職業にある人は、保険を含めて備えやすく、貯蓄もしやすい。これはごく当たり前の行動です。
一方、不安定な雇用環境で過ごしてきた方は、そもそも備えること自体が厳しい。さらに、年金暮らしの両親のもとで家に引きこもっている方のような場合、将来の安定性となるとなかなか難しい問題があります。
解決の糸口が見つかりにくいうえに、こうした問題は表に出にくいんですよね。一人で生活困難に陥って役所に頼るとなればまだ良いのですが、年老いた両親のもとで引きこもっているだけ、という方は、両親が亡くなることでそのまま一人暮らしになってしまう、という問題が発生しやすい。
一人暮らしの単身者には、結婚に縛られない自由を選んだ高所得・安定した層と、経済的余裕がなくて結果的に一人暮らしになってしまった低所得・不安定な層、という二極化が現在あるのではないかと思っています。
単身世帯の生活で見落とされがちなリスクとは何か

単身世帯の生活において、特に見落とされがちなリスクや「制度からこぼれやすいポイント」はどこにあるとお考えですか?
まず最大のリスクは、働けなくなったり、病気になったりしたときです。
本人の収入が絶たれると、その瞬間に生活が成り立たなくなりかねません。傷病手当金などの公的給付が受けられても、その期間内に回復できれば良いのですが、そのまま仕事を失ってしまうと、なかなかここから再起が難しい、というのがあります。
次に、介護や身元保証は事前に用意できれば良いのですが、加齢によって判断能力が落ちてからではそれができません。自前で用意したくても、そういうものを手掛けてくれる業者があるのか、という問題もあります。
住宅問題も大きい。高齢になってから新たに賃貸住宅に入るのは、今では難しいわけです。持ち家ならば自分の資産形成のなかで対応できますが、孤独死や事故への懸念から、賃貸住宅を希望しても受け入れてもらえない、というのが単身世帯にとってのなかなか難しい問題だと思います。
民間の生命保険・医療保険は単身者のリスクにどこまで有効か
上記のリスクに対して、民間の生命保険や医療保険はどこまで有効に機能すると考えられますか?
就業不能や長期療養のリスクに対しては、就業不能保険や入院保険といった、医療ニーズに合った保障が受けられる商品があります。これらに加入したい、という単身者の方は実際に多いです。
ただ、そのときに自分のリスクをどのくらい計算・見積もりできているか。たとえば自分が1年入院するような病気にかかるのか、というところまで含めて、保険でカバーできる形で加入できているかというと、個人の判断ではなかなか難しいところです。
現実のリスクの確率や期待値も計算しなければいけないので、そこをどうするかは課題として残ります。
身元保障については、自治体や地域の福祉系NPOなどをうまく活用できないか、という考えはあります。ただ、この点に対応できている自治体は、まだ多くはないと思っています。
また、保険の加入傾向についても、単身者に限って見ると、いくつかのグループに分かれるんですね。
一つは「自律ミニマル型」と呼んでいるグループで、加入率も低く、入院保険の特約付加率も低い。理由として考えられるのは、保険に関する知識が少なく、何のために加入するのかがあまり分かっていない、加えて所得もそれほど大きくなく、保険料を払えない方が該当する、ということです。
もう一つは「生活網羅型」です。一般の家族向け加入傾向でも見えてきているのですが、有価証券などの金融資産で備えていく、つまり資産運用で代替するから保険はいらない(本来、保険と金融資産は別物なのですが)、というパターンです。
三つ目のグループは、両者を組み合わせた「保険・資産活用型」です。家族向け生命保険でも、NISAをメインに積み立てて生命保険料はあまり増やさない、というタイプの方が増えていますから、このパターンも単身世帯に多いと思います。
単身者の保険加入行動にはどのような特徴があるのか
単身者のリスク選好や保険加入行動にはどのような特徴があり、それは保障のあり方にどのような示唆を与えますか?
我々の研究では二段階に分けて分析しています。一つ目は「保険に入るか入らないか」という加入判断のところで、生命保険文化センターの調査結果を分析したところ、所得・年齢・性別、そして知識が加入判断に大きく影響していました。
ただ、加入後を見ると、大きなバイアスになるような要因はあまりない。つまり、加入するかどうかの段階こそが、単身者の保険加入では大事だ、ということがわかります。
やはり家族向けに比べて、単身者の保険料支出は大幅に低い。遺族を保障する必要もありませんし、最低限の保障で十分だ、と考える人が多い傾向にあります。
一方で、任意保険や特約を充実させたい、というニーズもあります。生きている間に自分が医療・就業不能・介護などのリスクに直面したときに対応できる商品、つまり生存中に活用できる保険を、オプションとして選択している、という部分があるのです。
単身世帯が主流となる社会で社会保障はどうあるべきか
単身世帯が主流となる社会を見据えたとき、日本の社会保障は今後どのような方向に進むべきだとお考えですか?
従来型の家族モデルという考え方は、別に捨てる必要はありません。ただ、やはり保障単位を個人化していくこと、これが必要だと考えています。
個人も世帯の一類型として位置づけ、単身者であっても、世帯内の再分配だけでなく、社会の安定につながるような制度の仕組み自体を変えていかなくてはいけない、というのがあります。
扶養を前提としたさまざまな仕組み、たとえば第3号被保険者がそうですし、所得面で言えば配偶者控除なども同様です。こうした制度をもう少し見直しておく必要があるのかな、というのが一点あります。
もう一つは、生きている間の保障へのシフトです。生命保険のなかでも、死亡保険ではなく生存保険の部分で、単身者でもカバーできる保険商品があると良い。社会保障も合わせて、適合的な制度にしていくのが良いと思います。
今後、生命保険のほうが補完的になっていくのかもしれませんが、社会保障制度と互いに補完できる保険商品がある、そういった仕組みに変えていくのが良いのではないかと考えています。
