今回は、東京経済大学 経営学部にご在籍で、リスクマネジメントや保険のERMなどを研究なさっている石田成則教授にマネーキャリア編集部が独自インタビューを行いました。
この記事の目次
- 日本の生命保険加入行動にはどのような特徴があるのか
- 日本の生命保険加入率は世界的に見てどの水準か
- 他国と比べて見える日本特有の加入行動
- 研究からわかった「実は定年への資金準備に向けた重要な保険」とは
- 実際のリスクと人々が感じているリスクのズレ
- 年齢層や世帯構造によって保険ニーズはどう異なるのか
- 独身・夫婦世帯・子育て世帯で異なる加入動機
- 若年層で保険加入が進まない理由
- 保障性・貯蓄性・医療系の選択に影響する要因
- 生命保険の需要を左右する要因とは何か
- 複数要因が同時に作用する日本人の保険への加入行動
- 行動経済学から見た保険加入のバイアス
- 必要保障額を正しく判断できない理由
- 調査データから見えてきた意外な実態
- 研究からわかった生活者の行動とは
- 保険・金融商品への加入増加に向けた、企業ができる今後の取り組み
- 諸外国のプロテクションギャップの解消方法
- 日本人の生命保険加入行動は今後どう変わるのか
日本の生命保険加入行動にはどのような特徴があるのか
日本の生命保険加入率は世界的に見てどの水準か
▼回答(石田教授)
日本の生命保険加入率は、国際的に見ても非常に高い水準にあります。
二人世帯単位で見ると加入率は約9割で、主要先進国の中でも際立って高い数字であり、収入保険料(保険会社の収入)もアメリカ、中国に次いで世界第3位となっています。
また、多くの国では、生命保険は「特定のリスクを意識した人が加入する金融商品」という位置づけです。 それに対して日本では、生命保険がほぼ標準的に保有されており、「入っているかどうか」よりも「どんな内容か」のほうが後回しにされがちです。
この加入率の高さ自体が、日本の生命保険行動を理解するうえで、まず押さえるべき特徴になります。また、今はやや違いますが、過去は低金利でインフレ率も低いということもあって、日本人は掛け捨ての保険があまり好きではないのです。
そうすると、世帯主が亡くなったときには死亡保険金をもらえ、老後になったときには一時金、これを満期保険金と呼んでいますが、満期保険金が受け取れる「養老保険」がよく売れている、というのも日本の特徴の一つといえます。
他国と比べて見える日本特有の加入行動
▼回答(石田教授)
一番の違いは、生命保険への加入が「主体的な選択」というより、「生活の流れの中で自然に起こる行動」になっている点です。
欧米では、生命保険は必要性を強く意識した場合に検討されます。たとえば、自営業で社会保障が薄いとか、特定のリスクに直面したときです。
一方、日本では、結婚、就職、出産といったライフイベントの中で、半ば当然のように生命保険の話が出てきます。また、日本では職場を通じた団体生命保険の営業や、営業職員による対面販売が長く主流でした。
その結果、個人が自ら比較検討を行わなくても、保険に加入できる環境が整っていました。これは他国ではあまり見られない特徴です。
このように、日本の加入行動は「強い必要性」よりも、「周囲の環境や慣行」に影響されやすい点が特徴だと考えています。
研究からわかった「実は定年への資金準備に向けた重要な保険」とは
はい、実はあまり注目されていないのですが、「就業不能保険」という保険です。
中高年になってから高度障害になったり、事業者の方が障害で事業がうまくいかなかったりした際に、一定の保険金を出してくれるのがこの保険です。
実は、この保険の有無によって、老後、定年退職後の資金準備ができるか、できないかが大きく左右されています。
そのため、とくに非正規雇用の方や未婚者の方に適する保険、かつ老後準備を助ける就業不能保険は今後重要なポイントになってくると思います。
実際のリスクと人々が感じているリスクのズレ
はい、これは私自身大きな社会問題になっていると思っています。
私が研究や調査で感じているのは、日本では「本来もっと備える必要があるリスク」と「人々が不安を感じているリスク」が必ずしも一致していないという点です。
これを専門的にはプロテクションギャップと呼びます。
たとえば、長期間働けなくなるリスクや、収入が途絶えるリスクは家計への影響が非常に大きいにもかかわらず、その重要性が十分に認識されていません。
また、厳しい推計だと2割程度しか必要な保障が得られていないというようなことがあるのです。
同じように生命保険でも老後の資金準備などに対して十分な保障が行われていない一方で、発生確率が比較的低い事象に対しては、過剰な不安から手厚い保障を求める傾向も見られます。
また、このズレを生む要因の一つが、チャリティハザードです。
たとえば、介護保険です。こういったものは何か起こったときのリスクの想定がしにくいことから、3割少しの加入率と低い水準となっています。
こうした背景には、日本では「いざというときは、誰かが助けてくれるのではないか」「公的制度や周囲の支援があるはずだ」という意識が、無意識のうちに働いています。これがチャリティハザードです。
その結果、本来は自分で備えるべきリスクについて、行動が後回しになってしまいます。公的制度や周囲への期待が、保険加入や保障設計の判断に影響を与えている点は、日本の特徴的な側面だと考えています。
年齢層や世帯構造によって保険ニーズはどう異なるのか

独身・夫婦世帯・子育て世帯で異なる加入動機
最近では、さまざまなライフイベントや節目を経験しない層がだんだん増えてきてしまっています。
そのような背景で民間保険、保障の必要性を感じない若い層、あるいは中高年層に増えてきてしまっています。
独身の方の場合、生命保険に対する必要性は比較的低く感じられやすい傾向があります。自分に何かあっても、直接的に生活に困る人がいないため、死亡保障への関心は高まりにくいのです。その一方で、医療保障や就業不能といった「自分自身の生活を守るための保障」には一定の関心が見られます。
夫婦のみの世帯になると、少し状況が変わります。お互いの収入や生活を支え合っているため、「片方に何かあった場合」という意識が芽生え始めます。ただし、この段階ではまだそれほど保障額が大きくならないケースが多いです。
子育て世帯になると、加入動機ははっきりとします。自分に万一のことがあったとき、残された家族の生活費や教育費をどう確保するかが最大の関心事になります。
日本で死亡保障が厚くなりやすいのは、この世帯の影響が非常に大きいと考えています。
若年層で保険加入が進まない理由
若年層の保険加入が進まない理由は、単純に保険への関心が低いというよりも、生活環境の変化による部分が大きいと見ています。
非正規雇用の増加や収入の不安定さによって、長期的な支出を前提とする保険契約を結びにくくなっているのです。ただ、保険加入が進まないことへの対策として、現在保険会社でも色々と検討されています。
たとえば、若い人たちに働きかけるのに、いわゆる対面ではなくて非対面型、まだ実際に加入に至る割合は低いものの、携帯のアプリケーションを使って簡便に保険に入れるような仕組みです。
逆に、中高年の方たちは、保険の相談窓口などの来店型の保険ショップがあって、色々と相談しながら、保険の見直しを図ってもらったり、保険の新規のニーズを開拓したり、という現状もあります。
保障性・貯蓄性・医療系の選択に影響する要因
生命保険の需要を左右する要因とは何か

複数要因が同時に作用する日本人の保険への加入行動
時間的視野が長かったり、計画的な人ほど、 将来の病気に対する準備、それから老後生活に対する準備をする傾向があると思います。
実は日本では、金融教育、投資教育を非常に重視しています。それこそ3年前から高校の家庭科で必修化されましたが、金融投資教育をしても、実際の行動変容にはあまり繋がっていないのが現状です。
ポイントなのが、諸外国ですと、実は金融教育は家庭内教育が重要だというのが基本的なスタンスなんです。
小学校低学年あたりから高校くらいまで積み上げ型で金融教育をしているので、この点も保険商品や金融商品の加入・購買行動に影響しているのではないかと思います。
行動経済学から見た保険加入のバイアス
はい、確かにアンカリング、損失回避、心理会計など色々あります。
ただ、保険の場合にはなかなか単純にいかなくて、将来、事故が起こるとか災害に遭うということを身近に感じることが保険加入の第一歩になってきます。
たとえば、東日本大震災が起こった後は、ものすごく地震保険の加入率が高まったのですが、3年、5年事故が起こらないと、もう皆さん忘れてしまうのです。
人々は自分が経験したものについて、負の経験であればあるほど忘れたがるという心理的な傾向もあって、実は一旦は保険に入るけれども、その後に解約をされてしまい、 契約継続につながっていかないケースが多くあります。
したがって、保険加入の際でも、営業職員さんによる売り切り型の提案スタイルではなく、加入者の方々と伴走するようなサポートが、今後、非常に重要となってくると思います。
必要保障額を正しく判断できない理由
この「必要保障額を決めきれない」というのは難しい問題で、生命保険の場合は必要保障額の他に保険料を積み立てている要素もあります。
そのため、「現時点ではこの保険が良いんだけれども、将来もっといい保険がでたら…」と考えて解約オプションの行使もできるんですが、これはリスクが高い行動なのです。
その理由は、「年齢を重ねるごとに保険料が高くなっていく」「別の会社の保険に加入する場合は付加保険料がかかり、手数料の二重払いになってしまう」ことが挙げられます。
さらに、早期に解約をすると受け取れる保険金が、支払った保険料よりもずっと少なくなってしまうケースもあります。
上記のように、保険という商品自体がオプション性が非常に高い方は、 それを加味して保険の加入をするのが本来は重要になってきますが、 実はそれがなかなか難しいということです。
したがって、必要保障額ではなくて、月々払える保険料の上限金額で保障額を決めるのが通例です。
調査データから見えてきた意外な実態
研究からわかった生活者の行動とは
まず生活者、特に若い人たちですが、直近ではすごく政治に興味・関心が高いので、 情報の裏付けを大事にします。
ほかにもNISAやiDeCo、ふるさと納税などの制度に関しても、AIを駆使して一生懸命調べていることがわかっています。
こういう情報がある、だからそれを鵜呑みにするというよりはその情報を一旦持って、そしてそれを例えば、家族であるとか若いサラリーマンであれば同僚であるとか、そういう人たちとコミュニケーションを取りながら、最終的に加入に結びつくというケースが多くなっているのです。
そのような意味では、情報の裏付けが取れるような家族や同僚とのコミュニケーションが必要であると感じています。
保険・金融商品への加入増加に向けた、企業ができる今後の取り組み
すでに始めている企業もありますが、保険料を払ったり投資のための資金を積立てた段階でポイントがつくような仕組みなどが挙げられます。
このような付加価値をつけることによって、供給側としても若い人達の一時的な興味・関心を加入行動に結びつけることができるのではないか、と考えています。
諸外国のプロテクションギャップの解消方法
たとえば、マレーシアやインドネシアは、プロテクションギャップの解消がものすごく進んでいて、電気代やガス代のポイントをつけて、そのポイントで保険料を支払ってしまうような、 エンベデッド型保険(保険会社ではない企業の商品・サービスの中に、保険がシームレスに組み込まれて提供される販売手法)に入ってもらって必要な保障を与える、という工夫もしています。
今後は保障のニーズを十分に享受できない層が増えてきた場合には、こういったインフラで支払うようなお金と一緒に保険料を納める。あるいは、それを納めることによって割引をしていくという「インフラ割引」みたいなことが非常に重要になってくるのではないかと思います。
他にも、例えば年金保険で言うと、働いている時の給与の格差が日本の年金の特徴になってしまっています。つまり、払わない人、払えない人に関しては低年金しか与えないことが基本的な考え方です。
しかし、諸外国はそういうことなくて、国の年金であれば最低限の生活保障をすることが基本的な考え方で、それは働いてるときの収入であったり、社会的な地位であったり、職業とは関係なしに、もう老後になったらそれはチャラにして、みんなが同じような生活水準を送れるようにしようというのが諸外国の年金なんです。
そのため、今後の日本では必要な保障額と、それから目標の保障額、それから今、足りない分があったとしたら、足らない金額、こういった老後所得保障におけるプロテクションギャップのようなものを、きちんと国民に情報として提示をしていく責務が国にはあると思います。