企業自身で保険を作る時代へ|キャプティブ保険会社の本質や考え方とはのサムネイル画像

今回は、関西学院大学 経営戦略研究科にご在籍で、リスクマネジメントやコーポレートファイナンスなどを研究されている前田 祐治教授に、マネーキャリア編集部が独自インタビューを行いました。

この記事の目次

前田 祐治教授のプロフィール

職歴

2015/04 ~ 現在 関西学院大学 経営戦略研究科 経営戦略専攻 教授

2009/04 ~ 2015/03 関西学院大学 経営戦略研究科 経営戦略専攻 准教授

2007/06 ~ 2009/03 滋賀大学 国際センター 特任准教授

2005/10 ~ 2007/05 東京海上日動火災保険会社大阪支店


学位・学歴

1988/04 – 1992/03 同志社大学 工学部 電気工学科 卒業(学士)

1994/08 – 1996/05 インディアナ大学 経営大学院(MBA・経営学修士)

~2006/03 滋賀大学 経済学研究科 経済経営リスク専攻 博士課程 修了(博士(経営学))


著書・単行本(抜粋)

企業リスクファイナンス: リスクマネジメントにおけるファイナンスの役割(関西学院大学出版会)

企業のリスクマネジメントとキャプティブの役割(関西学院大学出版会)

ビジネス統計学 Excelで学ぶ実践活用テクニック(丸善出版)

キャプティブと日本企業 リスクマネジメントの強化にむけて(保険毎日新聞社)


論文(近年の代表例)

サステナブルリスクマネジメント(日本リスク学会) 

Measuring Bank Credit Disclosure: A Cross Country Index-Based Approach(Review of Business)

Success Factors in Equity Crowdfunding: The Case of Japan(Journal of Financial, Accounting and Managerial Studies)

企業リスクマネジメントの変遷 − 日米保険とリスクマネジメントの関係(日本保険学会雑誌)

日本企業のリスクマネジメントは米国と何が違うのか?(保険学雑誌)


引用:関西学院大学 教員・研究者紹介

キャプティブ保険会社とは何か?企業が“保険を内製化”するという発想

質問
キャプティブ保険会社とはどのような仕組みなのでしょうか。一般的な保険との違いや、日本であまり知られてこなかった背景も含めて教えてください。 

そもそもキャプティブ保険とは、企業が自社やグループ会社のリスクを引き受けるために設立する、いわば社内向けの保険会社のことです。


外部の保険会社から保険を購入するのではなく、子会社として保険機能を持つ法人を設立し、そこに保険料を集約します。


事故が起きなければ、支払った保険料はキャプティブ内にファンドとして蓄積され、長期的には非常の際の備金として残ります。保険料を単なる消失するコストではなく、将来のリスクに備えるための備金としてキャプティブ保険会社に蓄積する点が、キャプティブの本質的な目的だと言えます。


たとえば、災害の臨時費用が必要な際に、銀行などを使う必要ないんです。 銀行がそのような臨時費用に対して融資してくれないという現状があります。企業のローン契約では、天災等の不可抗力に対しては適用されないという免責項目(フォースマジュール条項)があるからです。


その場合、自分で積み上げたキャプティブ保険会社内のファンドを使う(「ローンバック」と呼ぶ)ことができます。非常時の資金を銀行に頼らず、自社内の備金を動かせるのは大きなメリットです。 海外ではこの考え方は珍しいものではありません。


現在では世界で7,000社を超えるキャプティブ保険会社があり、30年以上にわたって継続して増え続けています。


しかし、日本企業では長らく一般的ではありませんでした。最近ではミクロネシア連邦が、キャプティブのドミサイル(キャプティブ保険会社の設立地)に名乗りを挙げて、日本企業を積極的に誘致しており、その数を増やしているということは確認しております。 

なぜ今、日本企業でキャプティブが再注目されているのか


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保険業界の変化と“企業主導”へのシフト

質問
近年、日本企業の間でキャプティブ保険への関心が高まっているのはなぜなのでしょうか。まず、保険業界全体の変化との関係について教えてください。 

背景の一つには、日本の損害保険業界が構造的な転換期に入っていることがあります。


ビッグモーター問題をきっかけに、保険会社と代理店の関係、販売や引受の在り方について、業界全体で見直しが進んでいます。


これまで日本では、企業が保険を手配する際、自社内の機関代理店や付き合いの深い保険会社に依存するケースが多く見られました。しかし近年、機関代理店を専業の代理店に売却して、機関代理業を縮小していこうという動きが進んでいます。


たとえば、世界的に展開する保険ブローカーを活用し、複数の選択肢を比較しながら、自社にとって合理的で安価な保険を考える企業が増えてきています。


重要なのは、単に保険の窓口が変わったという話ではなく、保険会社主導の保険から「企業が自らリスクを分析し、自社にとってベストな保険プログラムを設計する」方向へと発想が転換している点です。


キャプティブは、そうした企業主導のリスクマネジメントを具体的な形にする手段として、改めて注目されるようになっています。 

グローバル企業が日本のリスクを自社管理し始めた背景

質問
もう一つの理由として、グローバル企業の動きも影響していると聞きます。日本のリスクの扱いは、どのように変わってきているのでしょうか。 

多国籍企業の場合、すでに海外ではキャプティブを保有し、グループ全体のリスクを統合的に管理・運営しているケースが珍しくありません。


ところが、日本においては、これまでその枠組みの外に置かれ、日本のリスクだけはグローバルのシステムから外して、日本の保険会社に任せてきた企業が多くありました。


しかし、そうした構造を見直し、日本のリスクも含めてグローバルに一元管理しようとする動きが強まっているのです。


背景には、日本市場特有の商慣行や株主である保険会社との関係といった「しがらみ」が薄れ、海外と同じ基準で合理的な判断ができる環境が整ってきたことがあります。


その結果、すでにキャプティブを所有する企業は、日本リスクもキャプティブに取り込み、グループ全体のリスクとして扱う企業が増えているのです。


日本企業におけるキャプティブ再注目の流れは、国内事情だけでなく、グローバルなリスク管理の考え方が日本にも持ち込まれていることの表れだと言えるでしょう。 

キャプティブ的な考え方は個人にも影響していく


前田教授のインタビュー画像2

従業員リスク・福利厚生への活用

質問
企業向けの仕組みであるキャプティブ保険の考え方は、個人にも影響していくのでしょうか。 

はい。実はというと、アメリカの企業はキャプティブを利用して従業員のリスク管理や福利厚生の保険に反映させています。


たとえば、私が調査した10年以上前から、従業員の健康保険、労災保険、生命保険とか、働けなくなったときの就労不能保険とかに、キャプティブの積み上がったファンドを利用して従業員のリスクを保険化して運用しているケースが結構見られます。


キャプティブでは、損害支払いが少なければ、つまり支払いが少なければ少なくなるほど、備金としてのファンドが積み上がっていく点がポイントです。


そこで積み上がったファンドを使い、従業員の健康診断やリスク管理講習会、医療機関と提携したサポート、できるだけ病気にならないような対策をするなど、「従業員の健康管理」をサポートするような形で、従業員にも良い影響があるのです。 

保険料が備金として積み上がる仕組みの本質とは

質問
キャプティブ保険では「保険料が備金として積み上がる」と言われますが、この仕組みの本質はどこにあるのでしょうか。 

ポイントは、保険料をどう位置づけるかという考え方の違いにあります。


通常の保険では、企業が支払った保険料はコストとして外部に出ていき、事故がなければその大部分は保険会社に残ります。企業から見ると、保険料は基本的に「支払いがなければ戻ってこないお金」です。


一方、キャプティブの場合、保険料はグループ内のキャプティブに払い込まれ、事故がなければ内部留保のように支払い備金として蓄積されていきます。


これは単にお金が戻ってくるという話ではなく、保険料を「消えるコスト」ではなく、「リスクに備えるための自己資金の形成」として扱える点に本質があります。


損害支払いが少なくなれば、リスクも低いと判断され、保険料の料率が良くなっていきます。それは、元受保険会社が計算する保険料の低下につながります。


もちろん、事故がなければ、キャプティブの後ろで契約している再々保険の機能を柔軟に運用することでキャプティブの備金が増えていく結果につながります。 

キャプティブが向いている企業と導入時の現実的な課題

キャプティブ保険の導入における2つの課題とは

質問
キャプティブ保険は、どのような企業に向いているのでしょうか。また、導入を検討する際に直面しやすい現実的な課題についても教えてください。 

キャプティブが向いているのは、まず一定規模以上のリスクと保険料支出を継続的に抱えている企業です。


単発的なリスクではなく、毎年ある程度予測可能なリスクを持ち、それを長期で管理しようとする企業ほど、キャプティブの効果を発揮しやすくなります。


特に、事業拠点や子会社を複数持つ企業、グローバルに事業を展開している企業では、リスクをまとめて管理できる点で大きなメリットになります。 一方で、導入にあたっての課題について、一番は初期投資が必要だということです。


まず、キャプティブを設立・維持するためには一定の初期資本と、親会社としての継続的な関与が必要になります。 


もう一つの大きな課題は、人材です。


キャプティブは、保険、財務、リスクマネジメントを横断的に理解する必要があります。また、法人設立の際、ある程度親会社が保証を提供し、最小限の初期資金を支出しないといけません。


そうしたキャプティブの仕組みをよく理解した人が財務担当者にいないと、なかなか社内で納得できる説明ができないといった問題が起こり、成功しないです。


初期投資を抑えるためには、複数企業でリスクを集約するグループキャプティブや、レンタル型キャプティブなどがあり、規模や体制に応じた選択肢も存在します。


重要なのは、キャプティブの設立だけを目的化することではなく、自社のリスク管理に照らして、最も適切な形を選ぶことだと思います。 

キャプティブ保険の導入における最近の海外事例

質問
海外におけるキャプティブ保険のトレンドの高まりとして、何か例があれば教えてください。 

アメリカで最近流行っていますが、初期資本金をかなり抑える中小企業向けキャプティブを誘致する州が増えてきています。


ただし、ここでも保険料とリスクの規模がネックになるうえ、適切にリスクマネジメントをしなければ、なかなかキャプティブ保険のメリットが享受できないことから、専門のリスクマネジャーを配置して全体管理できなければ、早々に利用は増えないのではないかなと思います。


他には、たとえば自動車メーカーでは、自社の製品である自動車に延長保証を提供する保険プログラムにキャプティブを使うケースが頻繁に見られます。


このように、メーカーとしての企業のブランド力が強い企業は、キャプティブを利用した自社独自の保険プログラムを作り、キャプティブが保険を提供するというのは有名な話なのです。キャプティブ保険は実は身近にあるんです。あまり知られていないですが。 

キャプティブ保険の考え方が個人の保険選びに応用できる点


前田教授のインタビュー画像3
質問
本来は企業向けの仕組みであるキャプティブ保険の考え方は、個人の保険選びにどのように応用できるのでしょうか。 

キャプティブの本質は、「すべてのリスクを保険会社に頼るのではなく、どこまでを自分で引き受け、どこからを外部に移転するのかを主体的に設計する」という点にあります。


この考え方自体は、実は個人の保険選びにも十分に応用できます。


もうすでにご存知の方もいると思いますが、リスクが低くなると保険料が下がるっていうのが一般的な常識ですね。たとえば自動車保険でもリスクが細分化されており、等級制度によって保険料が上がったり下がったりします。


個人の保険であれば、今まではどの保険会社でも保険料があまり変わらなかったものが、リスクに対して保険会社による選別がより強くなると思います。


つまり、良い(リスクの低い)顧客に対してはさらに保険料を安くし、悪い(リスクの高い)顧客に対してはさらに保険料を高くするといった具合に、リスクに応じて保険料の差別化が個人の顧客へと落とし込まれていくと予想します。


いわゆる「自己責任」の考え方なのですが、キャプティブはまさにその自己責任の世界であり、この考え方が大企業から中小企業、個人に浸透すると、アメリカのようにリスクに対して自己責任、自己管理する世界になっていくでしょう。


そのため、保険会社に言われるがまま保険に入るのか、それとも「どのリスクに、どれくらい備えるのか」を適切に言語化して、自分にベストな保険に加入するのがいいのか?を考えるべきでしょう。

データを使った企業のリスクマネジメント


前田教授のインタビュー4
質問
保険やリスク管理の分野でデータ活用が進む中、個人単位でもデータを用いた保険選びやリスクマネジメントができるようになるか?について、前田教授の考え方を伺いたいです。 

今後、企業のリスクマネジャーが従業員の医療情報をデータ化して、「××の健康リスクを持っている人には〇〇のサポート」をする、のようにリスク管理としてデータ化する動きは、実はキャプティブを利用の企業でこの動きが見られます。


したがって、このようなリスクデータを個人レベルのリスク管理に応用していく流れになってくるのは当然と思います。


実際にアメリカの非営利団体RIMSでは30年以上前から、リスクコストのサーベイデータを出版していて、自社のリスクコストは他社に比べて高いのか低いのかを比較できます。


そのようなデータ活用が、将来的には今度は個人レベルで始まるのではないかと思っています。 ここで押さえておきたいのが、データ活用が進むということは、見方を変えれば、「リスクの見える化」が顕在化するということです。


健康状態や生活習慣、行動履歴などがデータとして蓄積・分析されることで、個人や企業がどのようなリスクを抱えているのかが、より明確になるのではないかと考えています。 

我々が知っておくべき今後の保険選びのポイントとは

質問
キャプティブ保険会社の考え方やデータ活用が広がる中で、私たちは今後、どのような視点で保険を選んでいくべきなのでしょうか。 

現在日本の損害保険業界は、大手の3大保険会社に集約されている一方、数多くの少額短期保険会社が設立されるなど、保険の選択が実は拡大しています。


また、保険を購入する際には、FPの相談サービス、比較サイト、来店型の保険店舗などを使って相談するなどのチャネルが様々あります。


様々なチャネルを通じて、自分のリスクが理解し、どの保険にどの程度入るべきかを考える習慣がこれからの消費者行動として確立するでしょう。


よって、今後の保険選びで重要になるのは、「保険に何を期待するのか」を自分で理解することです。保険会社に任せないことです。


従来のように、保険に入っていれば安心、保険会社が守ってくれる時代は、すでに終わりつつあります。上記でも触れましたが、保険会社はデータをもとに、引き受けるリスクをより細かく選別するようになりました。


極端にいえば、保険会社が今後保険の引き受けを拒否することも考えられるのです。保険会社が顧客を選別するのです。


だからこそ、顧客である我々は「保険でカバーすべきリスク」と「自分で備えるリスク」を分けて考えることが非常に重要になるのです。 

編集後記

キャプティブ保険会社について、本記事を通じて見えてきたのは「保険をどう使うか」を企業自身が主体的に設計するという発想の転換でした。


保険料を単なるコストではなく、リスクに備えるための資金として管理する考え方は、企業のリスクマネジメントを一段引き上げる可能性を秘めています。


同時に、その本質は個人の保険選びにも通じるものであり、保険会社に任せきりにするのではなく、自分や自社のリスクを理解し、どこまでを自助で備えるのかを考えることが大切であると感じました。