なぜ保険事故は争われる?証明や立証軽減から見る保険トラブルの実態のサムネイル画像

今回は、帝塚山大学 法学部法学科にご在籍で、民事訴訟法や倒産処理法などを研究されている笹邉 将甫准教授にマネーキャリア編集部が独自インタビューを行いました。

この記事の目次

笹邉 将甫准教授のプロフィール

所属
帝塚山大学 法学部法学科 准教授・法学科長

学位・学歴
出身大学:甲南大学 法学部 法学科
出身大学院・研究科:関西大学 大学院 法学研究科

論文(近年の代表例)
〔研究ノート〕スイス民事訴訟法における訴訟告知の訴え(Streitverkundungsklage)について 単著 帝塚山法学 2021年6月
〔研究ノート〕 スイス民事訴訟法における裁判前の調停手続 単著 帝塚山法学 2019年3月
ドイツにおける保険訴訟上の立証軽減法理について 単著 生命保険論集 2018年12月
〔研究ノート〕 スイス民事訴訟法における強制執行制度 単著 帝塚山法学 2018年
〔研究ノート〕 スイス民事訴訟法における通常審理手続 単著 帝塚山法学 2017年

講演・口頭発表等
トラブルから我が身を守る法律知識 帝塚山大学いこま教養講座 2024年8月
トラブルの解決  〜民事訴訟とは?〜 夢ナビライブ大阪2018 2018年6月16日
法律を学ぶ意義とその面白さ 総合学習「法学入門」の一環として、講義形式の授業 2019年2月21日
事件をクールに解決! 民事訴訟とは? 夢ナビライブ大阪2019 2019年7月23日
事故の偶発性を中心とした保険事故における立証軽減法理の必要性とその適正な運用について 保険学セミナー(大阪) 2018年5月12日

引用:帝塚山大学 教員紹介データベース

保険事故と「証明」はなぜ問題になるのか


笹邉教授のインタビュー画像1

保険金がすんなり支払われない典型的な理由

質問
保険に入っていても、いざ事故が起きたときに「保険金がすんなり支払われない」というトラブルは、実際にはどのような理由で起きることが多いのでしょうか。 

大きく3つございまして、まず1つ目が「形式的な問題」で、たとえば提出すべき診断書が不足しているといった、本当に書類上の不備という形式的なケースです。


そしてもう1つが、書類が揃っていたとしても不正請求の疑いが生じたり、あるいは保険支払いの事由に該当しなかったりするケースです。


たとえば、告知義務があったにも関わらず、告知義務違反により保険金が支払われなかった場合や、免責事項に該当した場合などが挙げられます。


そして最後に、問題なく保険に加入していたものの、保険料の滞納をしていたため、保険契約自体が失効していたケースがあります。 

保険金請求では「誰が・何を」説明すべきなのか

質問
そもそも保険金を請求する場面では、「何があったか」を誰がどこまで説明・証明する必要があるのでしょうか。 

それは、保険の類型によって何を証明しないといけないか、何を説明しないといけないかが若干変わってきます。


他にもたとえば、傷害保険は「急激性・偶然性・外来性」の3要件を満たす場合に保険金を支払う契約であるため、これらを証明しなければなりません。


保険金を請求する側が裁判所を説得するべきなのか、それとも保険を払う側の保険会社の方なのかは、さまざまな解釈の余地があります。


とはいえ、基本は「保険金を請求する側が証明すべき」と整理されることが多いです。


ただ、ここからが少し難しい部分でして、ある程度「このようなものを証明すれば良い」という認識は取れていたとしても、保険金を請求する側は「具体的に何を証明すべきか」という点で、各保険ごとに「請求時に必要な書類」などを、しっかり確認しておく必要があるのではないかと思います。 

法律上の「保険事故」とは何を指すのか

質問
裁判やトラブルの場面でよく出てくる「保険事故」とは、法律的にはどのような出来事を指すのでしょうか。 

保険金支払い義務を現実化するような事実が起こることを「保険事故」と呼びます。(法律学小辞典より)


わかりやすい例でいうと、「火災保険契約が締結されている状態で、実際に火事が発生したケース」が該当します。

なぜ「これは保険事故か」が争われやすいのか


笹邉教授のインタビュー画像2

日常で起こりやすい保険事故認定の曖昧な点

質問
日常的な事故やトラブルの中で、「これは保険事故かどうか」が争いになりやすい典型例にはどのようなものがありますか。 

一般的にイメージしやすい例でいえば、盗難保険が挙げられます。


たとえば、自動車の盗難保険に入っている中で盗難が発生したけれども、

  • 「本当に盗難にあったものなのか」
  • 「あるいは自ら第三者に頼んで盗難にあったものなのか」

のように、本当に盗難があったかどうかを証明する部分で、争われる事例なのではないかと思います。


ポイントとしては、「本当に保険会社が保険金を支払うべき義務があるかどうか」になります。 

本当に起きた事故でも証明が難しくなる理由

質問
契約者側からすると、「本当に起きた事故なのに、なぜそこまで説明しないといけないのか」と感じるケースもあるかと思うのですが、この“証明の難しさ”は、なぜ生まれるのでしょうか。 

こちらは訴訟関連の話にはなるのですが、民事訴訟の場合は、裁判官が合理的に納得をしなければならないことが大事になってきます。


いわゆる、「裁判官を確信に至らせる必要性」があるのです。


そのため、ある意味白紙の状態から、裁判官が保険金の支払いについて納得するまでに、その証を積み上げていかなければいけない点に難しさがあると思います。 

偶発事故で特に証明が困難になる背景

質問
特に偶発事故の場合、証明が難しくなりやすいのはなぜですか。 

本当に偶発的な事故が起こったかどうかについて、感情的に主張するだけでは裁判官は納得してくれませんので、当然証拠を提出する必要があります。


そして、裁判官も「この証拠があるからこういうことが言える、だから××の判決文を書く」といった法曹実務があります。


また、本当に事故があった場合、それに呼応するような証拠があったとしても、裁判官はすぐにそれを認めるとは限らないので、そういった意味では、偶発事故のケースでは証明の難しさに差があると言えるでしょう。


ちなみに、一般的には、裁判になるような事例は証拠が不足していることが多いです。証明が難しくなりやすい割合について統計があるわけではないのですが、証拠が揃わずに裁判になっているケースは珍しくありません。 

「立証軽減」という考え方とは何か


笹邉教授のインタビュー画像3

立証軽減は誰のための仕組みなのか

質問
「立証軽減」という発想は、一般の人にとってどのような意味を持つのでしょうか。 

たとえば、自分が病院で医療ミスを受け、重い後遺症が残った場合、被害を受けた側が全部証明しないといけないことになっています。


本来であれば、証明責任の転換といって、説明責任を患者から医者側へとスイッチしてしまうことができれば良いのですが、これは訴訟法の観点や解釈論的にも否定的になります。


そこで、医療を受けた患者側で「説明すべき程度のハードルを下げる」というのが立証軽減の考え方になるので、これが一般の方にとっても理解しやすいのではないかと思います。


他にも、「本来Aについて主張すべき内容であるものの、別のBという証明でも認める」といったような、証明を緩めるといった解釈もあります。 

立証が軽くなることがもたらす安心感

質問
立証を軽くすることは、保険に入っている人にとってどんな安心につながると考えられますか? 

基本的には我々の方で保険会社に対して、事件や事故が発生したことの説明をし、保険金を請求したとしても、ピッタリ該当する証拠が揃わないケースが想定されると考えられます。


その際に、立証軽減によって説明のハードルが低くなれば、その証拠でも保険金が支払われるといったケースにもつながると思います。


保険はいざというときの備えではありますが、保険を受け取る側からすると、いざというときに早く保険金が欲しいと思います。


そこで、立証軽減の考え方があれば、裁判になっても説明のハードルが低くなり、一般の方にとっても安心できるのではないでしょうか。

不正防止と公平性をどう両立させるか


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証明を緩めすぎないための制度的バランス

質問
一方で「証明をゆるくすると、不正請求が増えるのでは?」という不安もある中、制度としてどのようにバランスを取るべきだとお考えですか? 

この問題は究極の背反であると思います。


保険を掛けた側からすると、安心のための保障として保険金を早く欲しいとは思うのですが、それを許容するような制度としてしまうと、やはり不正請求が多くなってしまいます(モラルハザード)。


この問題は学会の中でも議論しているなか、着地点はまだ見えていないところかなと思うのですが、私の個人的な感想では、やはり保険はいざというときのためにあり、保険金が支払われる状況であれば支払われるべきだと考えています。


そのため、保険を請求する側の方にある意味での広報啓発活動をしっかり行って、「保険は本当に困った人のためにあるものだから不正請求してはならない」という認識を広めることが大切と言えるでしょう。


また、保険会社側の目線に立つのか、一般市民側の目線に立つのかで「どちらに重点をおいてこの問題を考えるべきか」はなかなか難しいポイントだと思います。


他にも、昨今では金融教育の義務化がされていますが、この取り組みのなかでも保険の仕組みの教育が必要なのではないかなと個人的には思っております。 

ドイツ・スイスに見る保険紛争処理の考え方

質問
ドイツやスイスなどの海外では、保険トラブルや裁判の進め方に日本と違う考え方はありますか? 

保険トラブルや裁判の進め方でいうと、たとえばスイスは日本と同じように、民事訴訟の場で提示する証拠は自分たちで集めるべき、という考え方があります。


自分が持っている証拠であれば出せると思うのですが、保険調査の資料など第三者が持っている場合ではなかなか手に入らないこともあることから、勝てる訴訟なのに泣き寝入りしてしまうことも往々にあると思います。


その意味では、手持ちの証拠だけではなく相手が持っている、第三者が持っている証拠に我々が手を伸ばしやすくする制度設計はこれから求められると言えるでしょう。


実際にスイスでは上記に関しての議論をしておりまして、「訴訟に関係のない者同士でも協力する」等、訴訟法によって規定するような取り組みがなされています。


ただ、日本と同じ感覚を持っている部分もあるので、現実的には関係のない者を巻き込むというところまでは、現段階ではなかなか難しいのかなと思います。


また、直近5、6年の海外では権利保護保険が流行っているようでして、わかりやすく言うと「自動車保険の弁護士特約」などが該当します。車で事故を起こしたら普通は保険会社が間に入るところを、弁護士に間に入ってもらい、その弁護士費用を保険金で賄おうというものです。


このような保険が広く普及すれば、プロ同士の話し合いになって我々が直接裁判に携わることもなくなるのではないのかなと思っております。


とはいえ、一般の方にとっては弁護士に間に入ってもらうとなると、かなりハードルが高く感じられるので、そこをカバーする仕組みを社会でサポートする動きが必要である、とも同時に感じています。 

消費者として知っておきたい保険トラブル回避の視点

質問
保険や契約に関するトラブルを避けるために、普段の生活の中で「ここだけは意識しておいたほうがいい」というポイントは何でしょうか? 

保険に関して消費者の保護という観点から見ると、我々一般市民の個人のレベルと、保険会社(会社組織)のレベルでは情報格差が発生しがちです。


そのため、保険会社は情報を多く持っているが、契約者としては情報を持っていない、情報格差があるということを念頭に置いておくと、保険契約におけるトラブルを避けやすくなるのではと思います。


なかには、早期契約を強く促す業者もいるため、その場で契約をするのではなくて、いったん持ち帰って、たとえば身近な人に「こんな保険に入ろうと思ってるんだけどどう思うか」と、いったん相談をするというのが、一番冷静になって考えられるでしょう。


また、裁判の場における保険トラブルでは、なんといっても証拠が一番重要になります。


だからこそ、なかなか難しいと思うのですが、

  • 事故が起きた場合や保険に関わるようなトラブルが起きた場合には、まず当該証拠を押さえること
  • 情報収集をしっかり行い、どのような書類がいるのかを事前にリサーチすること 

が大切となります。